読書記録から1年を振り返る

昨年は合計41冊の本を読んだ。

その内小説は4冊のみ。

期せずして四半期に一冊ずつ読んでいた。

読んだ小説がこんなに少ないのは小説を読むようになってから初めてのことだと思う。

ちょっと面白そうだと思った小説はけっこうあるんだけど、どうも買うには至らない。



昔はちょっと位アラがあっても気にせず(気がつかず?)読めたけど、最近はそういうことがあると少し冷めてしまう。

特に、現代が舞台で自分の詳しい分野にちょっとだけ触れられた時にそういうことが起こりやすい。

そうなるのは、話のアラそのものが原因ではなくて、メインのテーマなら作者もいろいろ勉強した上で書くからそういうことは少ないだろうし、
仮に何か問題があってもそういうものとして読めることもあるからいいんだけど、
細部だとそういうわけにはいかないし、そこまではなかなか手が回らないよねといったところまで作者の事情に思いを馳せてしまう結果。

つまり、今まで自分がどこか神聖視していた「作者という存在」も「所詮、一人の生身の人間に過ぎない」ことをとうとう悟ってしまったということになるのかもしれない。



そう考えると現代が舞台の小説をあらゆる専門分野の一般教養レベル(専門レベルならなおさら)から見て問題無いものに仕上げるのって至難の業かもしれない。

従って、現代を舞台にする物語は必然的に「セカイ系」的にならざるをえなくなるのかも……。

あるいは「現代」という名のファンタジー世界として捉えるのもアリかな。(※)

「高度に専門化・分業化された社会における現代を舞台にした小説のあり方」みたいなテーマで論文を書いたら面白いかもしれない。



個人的には、この機会に今まで敬遠していた歴史ものに手を出してみるのも一興かなと思う。



※そういえば以前「あらゆるエロゲー(とほとんどのAV)のジャンルは何よりもまず『ファンタジー』である」ってことを思いついて書き留めた気がするんだけど、検索しても見当たらないので改めて書いておく。



もうどうでもいいけど、全然1年を振り返ってないなw


2 件のコメント :

  1. けっこう、本を読む「心持」とかって大事なことに気がついた。尊敬する著者の本だといい本だなぁと思って読むからそれなりに「やっぱりいい本だ」と感じるけど、はじめから著者に反感を持って本を読むと「なんだこの本」みたいになるもんw
    それと読書の「順番」も大事だよな。少なからず先に読んでいる本の思想に影響を受けるからさ、後に読んだ本の方が間違っているんじゃないかっていうバイアスがかかってる気がする。
    その辺どうですか?師匠様。
    ��それと、あけおめw)

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  2. >masato
    ことよろ。
    なるほどねぇ。
    前半についてはその通りだと思う。反面、期待値が低い状態でちょっといいことが書いてあると、本質以上に評価してしまったりもしばしばありそうだけどねw
    後半の方は、自分の場合どちらかというと「前に読んだ本は間違っているのかもしれない」というスタンスで読んでる気がする。今まで考えたことなかったけど、けっこう個人差がある部分なのかもしれんね。

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