「エンデの遺言」河邑厚徳+グループ現代

エンデの遺言―「根源からお金を問うこと」
副題は「根源からお金を問うこと」



エンデが考えたことに納得できるかどうかは別として、お金とは何なのかを考えるには良い。



自分が読んだ本の中では、同じテーマであれば、岩井克人の「貨幣論」(ちくま学芸文庫)の方がオーソドックスかと思います。

ただ、amazonのレビュー読んでみると、結構批判もあるようですね。



ゲゼルの「減価する貨幣」(老化するお金=マイナスの利子がつく)にも1章が割かれています。

あとはイサカアワーを始めとする地域通貨の話もなかなか興味深かった。



通底して、銀行を中心とした現行の金融システムに対して批判的ですが、どうも実務的な視点が欠けているような気がしてなりません。

まるで銀行が大して何もせずに(信用創造で金を生み出して、その金を貸し付けて)金利で儲けているように書いてあるけど、貸倒やインフレ等のリスクの存在を無視していると思う。



そんなに銀行が儲かるなら世の中銀行だらけになっているはず。

でも、そんな風になったら貸出金利の低下競争が起こったり、企業選別眼がある銀行だけが生き残って他は潰れるよね。

充分に自由な市場の場合、っていう但し書きは必要かもしれないけど。



そうそう、「信用創造」という概念が悪の根源みたいに扱われているけど、これがどうもピンとこない。



ちょっとWikipediaの信用創造の項目から引用します。



銀行は預金を受け入れ、その資金を誰かに貸し出す。その過程で信用創造は発生する。以下は、そのプロセスの例である。


  1. A銀行は、X社から預金1000円を預かる。

  2. A銀行は、1000円のうち900円をY社に貸し出す。

  3. Y社は、Z社に対して、900円の支払いをする。

  4. Z社は、900円をB銀行に預ける。


この結果、預金の総額は1900円となる。もともと1000円しかなかった貨幣が1900円になったのは、上記2.の結果として、Y社が900円の債務を負い返済を約束することで900円分の信用貨幣が発生したことになるからである。


A銀行は単にX社から受け入れた1000円の預金の内、900円をY社に貸し出しただけでは無いの?

Z社がY社に対して900円の価値の財なりサービスを提供した(Z社が900円分の価値を生み出した)からこそ、預金の総額が1900円になっただけでは?



2の時点でのA銀行のバランスシートを見てみよう。

資産の部

 現金預け金100

 貸出金900



負債の部

 預金1000



ってことでしょ。

別に信用貨幣とやらが生み出されてなんかいないのでは?



Money is (Someone's) Debtであることは正しいと思うけどね。



本の内容からは少し離れてしまったけど、こうしてお金について考えることこそが、この本の「正しい読み方」とまでは言わないけど、期待された読み方なんではないかと思う。


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